MY SWEET
LIFE WITH CATS
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by 長沢由起子 |
マネキィちゃんは、ときどきフラッと旅に出ます。でもせいぜい一泊二日で、長くても二泊三日といったところです。
ところが今回はどうしたことか、三日たっても四日たっても帰りません。
「迷子になったんじゃないかしら」
と不安を募らせる私に反して、母は
「そのうち帰って来るとさ」
と、まことに楽観的でした。
でもそのうちとんでもない寒波が吹き荒れまして、のどかな田園風景は見渡す限りの銀世界と化し、まるでアラスカにでもトリップしたような感じになったのであります。つまり、いきなりこういう環境下に立たされますと、どんなに旅慣れたマネキィちゃんでも
「ここはどこ?」
ってことになってしまうわけですね。
「きっとおなか空かしてるよ…」
何よりの心配は食べ物のことでした。これが冬でなければ自給自足も可能なのですが、肝心のエサたちが冬眠中ときています。
不安はエスカレートする一方でしたが、そんな私の嘆きをよそに、母ときたら
「そげなことあるもんね、よその家にちゃっかりあがり込んで食べようくさ。」
と、新説を唱え始めたのです。
でもこの新説には不思議と説得力があったのです。
「そうよねえ、人なつっこいし頭いいしあつかましいとこがあるからねえ、きっとよその家に上がりこんで、可愛がられてるよねえ…」
例えて言うなら雪山での遭難状態ですから、生存への唯一の希望をつなぐ道は、どこかの家で可愛がられていると考える以外にはなかったのでした。
行方不明になるほんの2〜3日前、念入りなシャンプーがほどこされていたのは不幸中の幸いだったかもしれません。
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| うらめしそうな顔をしてはおりますが誤解でございます。猛烈な勢いで猫カンを食べ上げた直後の、満足顔でございます。現在は見事復活いたしまして、もとの顔に戻っております。
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寒そうにお腹を空かしていて、シャンプーしたての人なつっこいマネキィちゃんを発見したら、
「家においで!」
っていう気持ちになる可能性はとてもとても高いのです。
否!たとえボロボロになっていたとしても、だからこそ、
「家にあがってご飯食べなさい」
って声をかけたくなるのが人情です!
こうして私の[よそんちのコになった願望]は、しだいに確信へと変わっていったのでした。
そして母の憶測の中でのマネキィちゃんはすでにわが家のことなんか忘れ果てて、すっかりよその家の猫さんになり果ててとても幸福に暮らしているのでありましたが、実はその憶測にはかなりの信憑性があったのです。
「言われてみればそうだよねえ、うちの子になったのもそういうきっかけだったもんねえ」
3年前の春、住宅街をボロボロになってうろついていたのを私にゲットされたっていう立派な経歴が、マネキィちゃんにはあったからです。
それでもジッとしていられず、日々、捜索活動に励みました。どこかのお宅でヌクヌクしている姿を想像しながら、東西南北たずね歩き、
「マネキィちゃ〜んマネキィちゃ〜ん!」
と声を張り上げ続けました。
ポスターだって、プロの技術を駆使(?)し、かなり立派なものを作りました。
[ストレスがたまると布団の上に排便をする]
という事実もそこに正直に書き添えました。
これさえ書いておけば
「もう手放したくない」
って思われていたとしても、きっと連絡がもらえるハズ、と。
そして十四日目の朝のことです。
玄関でサンちゃんが、
「ナア〜ナア!」
って、しきりに私を呼んだのです。
「なんね〜サンちゃん?」
するとなんと!ドアの向こうから、
「ニャ………」
って、懐かしい声がしたのです。
はやる心でドアを開けますと、あ〜絶句!そこには、骨と毛皮だけみたいに激痩せし、土埃にまみれてボロボロのマネキィちゃんが、ちんまりとお座りあそばしておったのであります。
そして力無い声で嬉しそうに、
「ニャ(タダイマ)」
って言ったのでありました。
哀れさをアピールしてよそさまの家にちゃっかり上がり込むでもなく、厳寒と戦い、飢餓と戦い、孤独と戦い、不安と戦い、
「この家じゃない」
「この家も違う」
って捜しながら、歩いて歩いて歩いて歩いて、ようやくたどり着いたのです。
「マネキィちゃんってやっぱりすご〜いっ!」
そして今、この想像を絶するほどの苦難を克服してきたにもかかわらず、何ひとつ苦労は語らず(あたりまえだけど)、またいつものように食っちゃ寝、食っちゃ寝に戻ってしまったマネキィちゃんなのでございました。
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